北京オリンピックは中共体制の「終わりの始まり」か?
読谷で彫刻家が反戦の願いで作った100mにもなる彫刻作品の展示が始まったという。

新聞に載ってた写真を見るとガマとか戦後の米軍基地建設のための土地接収とかがあるが、その中に見たことのあるレリーフが…
(偶然にも沖縄タイムス琉球新報ともほぼ同じアングルでこのレリーフが手前に写ってた)

目隠しをされた人
その人の足にすがる女性
目隠しされた人を小銃で叩く兵士


「恨の碑」と同じじゃねえか!
ググってみたら今回の作品と恨の碑のレリーフを作った人は同一人物っぽい(恨の碑自体は実行委員会でやったとか)。

そういやこの碑ができたのってちょうど去年の今頃。旧blogでもわざわざ現地に行ってみて取り上げました。なので今日はClassic枠で当時のネタを引っぱり出してみました。
とても慰霊碑とはいえない、「恨み末代まで忘れず」のとんでもないメモリアル。

では当時のネタを続きでどうぞ。
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「何でもありClassic」
カテゴリ新設しちゃいます。
旧biogのネタ(記事、エントリ)の中からアクセスが多かったものや永久保存版のネタを再UPするものです。
当時やその後の現状の解説・編集が入ることもありますし、時系列も入れ替わったりすることもあります(2007年1月の話の次が2005年12月だったり)。まあそのへんは「水曜どうでしょう」のClassicや、原作とアニメ版でストーリー順が入れ替わった「涼宮ハルヒの憂鬱」みたいなもんだと思っていただければ。

では最初は旧blogでも主力だった「無防備地域宣言」関連から、まとめの部分を(2006年6月24日)。
無防備地域宣言(無防備都市宣言とも言う)はジュネーブ諸条約追加議定書の59条に基づき無防備を宣言した地域のこと。これをもとに地方自治体レベルで無防備を宣言し条例化しようという動きがあるのだが、これが根拠とするジュネーブ諸条約にも反してるというシロモノ。
その条例化を竹富町でやろうとする勢力(以下「推進派」)が2005年末に登場、追跡するかのようにネタにしてその行為を批判してました。
で、そのまとめは条例案が竹富町議会で否決された直後のものです。
(続きでどうぞ)